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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5122号 判決 1961年8月29日

原告 上野留里子 外六名

被告 鴨下博

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、原告らの請求の趣旨及び原因並びに被告の主張に対する反論

原告ら訴訟代理人は「一、被告が原告上野留里子に対し別紙目録(一)記載の債権を有しないことを確認する。二、被告は原告上野留里子に対し別紙目録(二)記載の建物につきなされた別紙目録(三)(1) 記載の抵当権設定登記同(2) 記載の所有権移転請求権保全の仮登記同(3) 記載の賃借権設定請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をなすべし。三、被告と原告らとの間で豊島簡易裁判所昭和三〇年(イ)第八五号貸金請求和解申立事件につき昭和三〇年六月一日なされた裁判上の和解の無効であることを確認する。四、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反論として次のように述べた。

(一)  原告上野留里子は未成年者で養父母たる亡上野梅吉及び原告上野カノの親権に服していたところ、右梅吉カノの実子である原告義雄は昭和二九年三月三〇日ほしいままに右原告留里子の法定代理人たる梅吉、カノらの印章を盗用して被告から原告留里子の名義で金五〇万円を弁済期同年三月三一日利息月四分の約定で借り受けるとともにその担保として原告留里子の所有に属する別紙目録(二)記載の家屋(以下本件建物という)に抵当権を設定し、かつこれにつき代物弁済及び賃借権設定の各予約をし、別紙目録(三)(1) (2) (3) 記載のとおりの各登記をした。しかし原告留里子の法定代理人らは右各契約になんらの関係もなく、また右各登記はその実体にそわずかつ原告留里子の法定代理人の意思にもとずかないものであるからここに原告留里子は被告との間で右債務の不存在の確認を求めるとともに被告に対し右各登記の抹消登記手続を求める。

(二)  その後被告は昭和二九年一〇月ごろ右抵当権実行にもとずく競売の申立をし、東京地方裁判所昭和二九年(ケ)第一八四五号事件として競売開始決定があつたので原告留里子の法定代理人らは驚き、原告義雄を責めたので、原告義雄は被告代理人朝比純一弁護士と交渉しその競売申立の取下方を求めたところ、同弁護士から裁判上の和解をすれば取下げるといわれ、その和解内容を知らないままこれを承諾し、そのさい被告代理人から和解に必要であるからとて白紙委任状に原告留里子の親権者兼本人上野梅吉、原告義雄及び取下前の原告赤城常雄、同佐藤ツネの押印を求められたので、原告義雄は前同様梅吉の印章を冒用し、赤城、佐藤の印は市販のものを無断で使用して原告留里子法定代理人兼本人上野梅吉、原告義雄及び赤城、佐藤ら名義の白紙委任状を作成して被告代理人に交付した。被告はこれにもとずき、原告ら側の代理人として弁護士和光勇精を選任した上これとの間で和解条項を定め原告留里子、原告義雄、亡上野梅吉、右赤城及び佐藤を相手方として豊島簡易裁判所に和解を申立て、同庁昭和三〇年(イ)第八五号事件として昭和三〇年六月一日被告代理人朝比弁護士、原告ら代理人和光弁護士との間に別紙目録(四)記載のとおりの裁判上の和解を成立せしめ、その旨の和解調書が作成された。しかし(1) 右裁判上の和解は被告が原告義雄から委任事項及び受任者の氏名ともに白紙の委任状を徴収し、被告においてほしいままに原告側代理人を選任し、これとの間に締結されたものであるから民法第一〇八条及び弁護士法第二五条第一号に抵触し、当然に無効である。(2) 仮りに右の理由によつては無効でないとしても、右は原告義雄が権限なく他の当事者名義を冒用してしたものであるから、原告義雄を除くその余の原告らに対してはなんらの効力がない。(3) 仮りにそうでないとしても右和解条項第一、二項によると原告留里子及び義雄が被告に対し金九三万円の債務を負担していることとなつているが、かかる債務は全く存在しないから、かかる事項を定める和解は無効である。(4) 仮りにそうでないとしても原告留里子の法定代理人は共同親権者である上野梅吉、原告カノの両名であるのに、右和解のための訴訟代理人の委任はカノはしていないのであり、その和解期日の呼出も梅吉にのみなされており、当時カノが親権を行使し得なかつた事実はなく、また梅吉が共同名義で親権を行使したものでもないから、右和解は少くとも原告留里子については無効である。

(三)  その後上野梅吉は昭和三一年一一月一二日死亡し、原告らにおいてその権利義務一切を承継した。よつてここに右裁判上の和解の無効確認を求める。

(四)  被告主張の事実のうち本件建物が原告義雄の事業資金借入のため東京山手信用金庫に担保に入れられたことは認めるが、これは印章盗用によるものではなく、梅吉、カノ両名の意思にもとずくものである。すなわち梅吉は大正時代から池袋で魚屋を営んでおり、昭和二〇年戦災により店舗焼失後昭和二五年ごろまで目白で借店舗で魚屋を営み、そこが立退を要求されて下落合に店舗を新築移転したが、そのころから梅吉は体が不自由となり店に出たり出なかつたりしていたので、原告義雄は勤務先(株式会社大林組)を退職してこの店の営業名義人となりその営業を担当することとなつたのであり、その事業資金をあらたに借りるために本件建物に担保権を設定したのである、従つてこの店は名義人は原告義雄であるが実体は梅吉カノ両親のものであるから右両名の意思によつて担保に供されたのである(右下落合の店はその後売却処分し、その金の大半で原告カノが本件建物に文具店を開業したのである)。本件は原告義雄が巣鴨刑務所内で経営していた売店における買掛金債務についての担保設定であり、右と全く事情を異にする。これについて梅吉が被告の代理人鴨下米吉に承諾を与えたことはない。被告がその主張のころ発した内容証明郵便は原告義雄が受領して梅吉には見せなかつたから梅吉はこれを知るはずはなく、東京山手信用金庫の出資証券が被告の手中にあるのは被告主張の事情によるものでなく、被告が原告義雄に対し何でもあれば持つて来いと要求したので原告義雄が親にだまつて提供したものであり、無権代理の追認にあたらないこともちろんである。またカノが被告に面会したことはあるが、このときカノは原告義雄から十分な事情をきかず、正確な知識なく、ただおどろきあわてて奥田栄吉に無理にさそわれて行つたまでで、事案の処理については一言も発言しなかつたのであるから、これが追認になるはずはない。もともと本件ではそのような問題を生ずる余地はないのである。すなわち被告は当初から原告義雄が原告留里子の親権者の印章を盗用した事実、少くとも右親権者に担保提供の意思のないことを知つていたものである。当時本件につき被告を代理した鴨下米吉は原告留里子の親権者両名に会い、その担保提供の意思のないことをきき、原告義雄に印章持ち出しを示唆し、その無断持ち出しを告げられながら本件登記に必要な書類を受領したのであつて、被告はなんら保護されるに値しないものである。なお本件無効確認は私法上の契約の無効確認を含むものであつて、請求異議ではないから被告の管轄に関する主張はあやまりである。

二、被告の答弁及び抗弁

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)  原告主張の事実中原告留里子が未成年者で養父母たる亡上野梅吉及び原告カノの親権に服していたこと、本件建物が原告留里子の所有であること、右家屋につき原告ら主張の各登記がなされたこと、これにつき被告抵が当権実行にもとずく競売の申立をし原告ら主張のとおり競売開始決定があつたこと、原告義雄に対し被告代理人朝比弁護士が和解ができれば競売を取下げる旨告げたこと、原告らと被告との間に各その訴訟代理人関与して原告ら主張の裁判上の和解が成立したこと、その後上野梅吉が原告ら主張の日に死亡し原告らが相続によりその権利義務一切を承継したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  被告は原告主張の日時原告留里子の法定代理人たる梅吉及びカノの承諾を得てその代理人となつた原告義雄との間で原告ら主張の金員を貸与し、原告ら主張の家屋に抵当権を設定しかつ代物弁済予約及び賃借権設定予約をし、その旨の各登記を了したものであるから、右貸借その他の契約はもとより有効で、その登記もなんらのかしはない。本件建物は被告が担保権を設定する以前すでに原告義雄の事業資金借受のため訴外東京山手信用金庫に担保に入つていたのであつて、本件金員貸借及び抵当権設定等については被告の代理人として交渉にあたつた訴外鴨下米吉と梅吉らとの間に了解がついていたものである。

(三)  仮りに右金員貸借及び抵当権設定等が原告義雄の印章盗用によつて行われたもので親権者の同意がなかつたとしても、その後被告は昭和二九年八月二四日内容証明郵便で原告留里子の親権者梅吉にあて利息の支払の請求をするとともに同人と面談したさい同人から利息の一部に充当してほしいとて東京山手信用金庫の出資証券(乙第二号証の一ないし四)の交付を受けているので、これによつて親権者梅吉は前記原告義雄の無権代理行為を追認したものというべきである。さらにその後本件建物の競売にさいし、親権者カノは被告方をおとずれ、競売の取下を懇願し、和解の話をしているのであつて、カノはこれによつて前記原告義雄の行為を追認したものというべきである。従つて原告らの主張は理由がない。

(四)  なお原告らは本件和解の無効確認を求めているが、これは右裁判上の和解がなされた豊島簡易裁判所の専属管轄であるから東京地方裁判所に対する申立は不当である。

三、立証

原告ら訴訟代理人は甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし九、第七号証の一、二、第八号証を提出し、証人船田光司、鴨下テツ、奥田栄吉、上野高明(後に原告本人となる)の各証言、原告上野カノ、同上野義雄、取下前の原告佐藤ツネ各本人尋問の結果を援用し、乙第四号証は上野義雄、鴨下米吉名義の作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は否認する、その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし四、第三、第四号証を提出し、証人鴨下テツの証言、原告上野カノ、同上野義雄(第一回)被告(第一、二回)各本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、(一) 原告留里子が未成年者で養父母たる上野梅吉及び原告カノの親権に服していたこと、本件建物が原告留里子の所有であること、これにつき被告が別紙目録(一)記載の債権(但し弁済期は訴状本文には昭和三〇年三月三一日とあり、訴状添付目録には昭和二九年三月三一日とあるが、いずれも誤記と認めるべきであることは成立に争ない甲第五号証の一登記申請書に昭和二九年八月三一日とあることその他弁論の全趣旨から明らかで、被告が現に存すると主張する本件貸金の弁済期は右昭和二九年八月三一日と認めるべきである。甲第一号証登記簿謄本中抵当権設定登記の弁済期が同じく昭和二九年三月三一日となつているのは右登記申請と一致せず謄本のあやまりか錯誤による登記と解される。別紙目録(三)(1) の弁済期の点についても同様である。)を有するとしてこれにつき別紙目録(三)(1) の抵当権設定登記及び同(2) (3) の各仮登記がなされていることは当事者間に争ない。

(二) 原告留里子は被告から右の金員を借り受けたことなく、かつ右抵当権設定その他の契約をしたことなく、その登記は原告留里子の法定代理人の意思にもとずかないものであり、右はすべて原告義雄が原告留里子の親権者梅吉及びカノの印章を盗用してしたものであると主張する。

本件の各登記に用いられたものであること当事者間に争なき甲第五号証の一ないし八、成立に争ない甲第七号証の一、二、の各記載、証人上野高明(後原告本人となる)、船田光司、鴨下テツ、奥田栄吉の各証言、原告上野義雄(第一、二回)、同上野カノ(いずれも後記信用しない部分を除く)被告(第一、二回)各本人尋問の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次のように認めることができる。すなわち原告義雄は昭和二八年三月ごろから巣鴨刑務所内の売店を経営し日用雑貨酒ビールその他を販売していたが、そのうち酒類は訴外鴨下米吉(通称桝米。以下桝米ということもある)から仕入れており、当初二、三ケ月はその買掛金の支払は順調になされたが、そのうち次第にとどこおるようになつた。昭和二九年三月にいたり、米吉はビール会社に支払う保証金の都合があるということで原告義雄に右売掛金の決済を求めて来た。そのころ原告義雄の米吉に対する買掛金は約二〇万円、原告義雄が米吉を受取人として振出し、米吉が親戚の質商である被告に割引を受けた約束手形金一五万円等があつた。そして米吉はそれらを決済するため被告から金員を借り受けることをすすめ、その担保として本件建物を提供することを求めて来た。原告義雄としては買掛金を途中で他から金借して決済することや建物は原告留里子の所有で自分の自由にならないこと等を告げていつたんこれを拒んだが、米吉は強くこれを求めたのでついに断り切れず、承諾するにいたり、被告の代理人たる米吉と交渉の末、当時本件建物を担保として訴外東京山手信用金庫に負担する残債務金一八万円、右手形金一五万円、米吉への買掛金のうち金一七万円計金五〇万円を被告から借り受け、右信用金庫の担保をぬいて本件建物を被告に担保として提供することとした。しかし原告義雄としては原告留里子の法定代理人たる梅吉カノの承諾が得られないまま同人らの印章をもち出して昭和二九年三月三〇日原告留里子の法定代理人を代理して被告から金五〇万円を弁済期同年八月三一日利息月四分、毎月末日払の約で借り受け、これを担保するため本件建物に抵当権を設定し、かつ右債務を期限に支払わないときは代物弁済として本件建物所有権を移転すべき旨代物弁済の予約及び賃借権設定の予約をし、前記信用組合に残務を支払つてその担保を解消し、原告留里子法定代理人梅吉、カノ名義の登記申請書、委任状、印鑑証明書等を用いて被告のため本件建物に前記各登記をしたという次第である。右事実によれば原告留里子名義をもつてした右金員貸借、抵当権設定その他の契約及びその登記は同原告の法定代理人の意思にもとずかないものといわざるを得ない。

もつとも前記証人鴨下テツの証言によつて認めるべき当初桝米と原告義雄との取引は、米吉の妻の弟が梅吉らの娘で原告義雄の姉文枝(原告田島文枝)と結婚した縁故により、梅吉の懇請ではじめられた関係にあること、成立に争ない乙第二号証の一ないし四、同第三号証と原告上野義雄本人尋問の結果(第一、二回)により認めるべき本件建物は当初原告留里子の所有ではあるが梅吉ら一家の者がこれに居住し、現にさきに梅吉が下落合に店舗をもち魚屋の営業をするにつきその営業資金として梅吉において東京山手信用金庫から原告留里子同義雄を連帯債務者として金員を借り受け本件建物に担保を設定していること、被告からの本件借受金の一部は右信用金庫に対する残債務金一八万円の弁済にあてられていること、本件貸借には原告義雄の外その弟原告高明、巣鴨刑務所売店の店員船田光司らも関与し、その間かなり大ぴらに行われていること、本件訴の提起にいたるまで本件貸借が原告義雄の印章盗用によるものであることは原告ら側から主張されなかつたこと等の事情にてらしてみると、当時梅吉やカノにおいて本件貸借や担保提供等につき承諾していたのではないかとの疑いが生じないわけではないが、これらの事情は本件において梅吉らにおいて承諾してもなんら不思議はないとの事情ではあるが、それ以上に前認定をくつがえすべき有力な事情とするには足りない。また被告本人尋問の結果(第一回)によれば、当時本件につき被告を代理して原告側と交渉していた桝米は梅吉、カノらに面接してその承諾を得てある旨被告に報告していること、被告は特別代理人選任が必要ではないかと考えその手続をしようとしたことが認められるが、この点は前記桝米の立場上同人がその正確な報告を被告にしなかつたものと解され、右認定を左右しない。その他に前認定をくつがえし、本件が当時原告留里子の法定代理人の意思にもとずきなされたことを肯認すべき的確な証拠はない。

(三) 被告はその後原告留里子の法定代理人において追認したと主張する。成立に争ない乙第一号証の一、二、前記乙第二号証の一ないし四に、被告本人尋問の結果(第一、二回)をあわせると右貸借後利息は最初の一カ月分は桝米が代つて払つたがその後は原告側から支払がなく、被告が原告義雄にさいそくするとその都度待つてくれとのことであつた、しかるにその後桝米が急に死亡したので昭和二九年八月二四日被告は梅吉にあてて弁済期に元利金を間違いなく支払うべき旨催告するとともにそのころ自ら直接梅吉に会い、利息の支払がないと本件建物の抵当権を実行するほかない旨交渉したのに対し、梅吉はそれは申しわけないとて自ら保管していた東京山手信用金庫の出資証券額面合計金七、五〇〇円分(梅吉名義八〇口、義雄名義三〇口、留里子名義三〇口)を利息のかわりとして裏書らんにそれぞれ捺印の上被告に譲渡し、ただその配当金だけはカノにやつてくれとのことであつたので被告はこれを承諾して右証券(乙第二号証の一ないし四)を受け取つたことを認めることができる。原告義雄本人(第一、二回)は右出資証券は抵当権実行による競売申立の後原告義雄が被告の求めにより勝手に持ち出して被告に交付したものであると供述するが、信用できない。その他に右認定をくつがえすべき証拠はない。右認定の事実によつて考えれば少くとも昭和二九年八月ごろ梅吉が被告と会つた当時には梅吉は本件建物に抵当権設定の上被告から金員を借り受けていることを知つていたものであり、本件建物は原告留里子の所有でその処分は法定代理人たる梅吉カノらの権限に属するにかかわらず、自己の承諾なく金員貸借抵当権設定等がなされていることを承知しながら、前記のとおり右債務の利息の支払のため前記信用金庫の出資証券を譲渡したのであり、前認定のように本件貸借等が梅吉において承諾しても少しも不自然でないという事情と相まつて、梅吉はこれにより原告義雄のした本件無権代理行為を暗默に追認したものと認めるのを相当とする。

次に成立に争ない甲第一号証の記載、証人奥田栄吉の証言の一部、原告上野義雄(第一回)同上野カノ(いずれも後記信用しない部分を除く)、被告各本人尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、その後被告は期限が過ぎても本件貸借につき弁済がないので、昭和二九年一〇月一四日本件建物につき東京地方裁判所に競売の申立をし競売開始決定があり、手続が進行し、競売関係者が検分に来たりするにいたつてはじめて原告ら方では狼狽し、何とか競売にならないで解決したいと考え、昭和三〇年三月ごろ原告義雄はその姉の原告文枝(桝米の妻の弟に嫁す)、原告カノ及び知人奥田栄吉らとともに被告方をおとずれ円満解決方を懇願したこと、梅吉は当時病気で右競売になることを心配していたが、外出が思うにまかせず、原告義雄に善処方を命じていたこと、原告カノは右奥田から、この問題の解決のためにはカノがぜひ加わつて一緒にたのまなければならないといわれて加つたものであり、被告に対しよろしくお願いする旨口添えしていること、奥田は当時金融会社の整理関係の仕事をしており、原告義雄にたのまれて右解決方に尽力したものであること、右交渉に当り本件貸借並びに抵当権設定が原告留里子の法定代理人の意意にもとずかず、原告義雄の印章盗用の結果によるものであることはなんら原告ら側からは主張されず、もつぱら債務を弁済するから競売にしないでほしいということであつたこと、その結果被告はその代理人朝比弁護士と相談の上後記本件の和解をするにいたつたことを認定することができ、右認定に反する証人奥田栄吉の証言の一部及び原告義雄及び原告カノ本人尋問の結果中の各一部は信用しない。右認定の事実によれば原告カノは当時女の身で心配のみが先き立ち事態の詳細についてまで認識していたかどうかはともかく、少くとも本件建物に自分の承知しないうちに抵当権が設定されて被告から金員が借りられ、そのために建物が競売になろうとしていることを承知しながら、あえてそれを主張せず、もつぱら債務を弁済することで抵当権実行をやめてもらいたいと交渉したものであり、原告義雄は自ら独立して営業を営んでおり、その営業に関して本件の事態を引きおこしたものであるのに母親である原告カノがわざわざその解決方に加わることが必要であつたのは、たんに被告側に誠意を示すという以上に原告留里子の法定代理人として本件建物につき権限を有する者としてこの解決に責任をもつという意味があつたのであり、結局において原告義雄のした本件無権代理行為を暗默に追認したものといわなければならない。

しからば原告留里子の法定代理人名義による本件金員貸借、抵当権設定その他の契約は、その法定代理人たる梅吉及びカノの追認により、当初にさかのぼつて有効なものとなつたものというべきである。右梅吉、カノの各追認行為はそれぞれ各別になされているけれども、共同親権者の親権行使としてなされる無権代理行為の追認は必ずしも同時に行われることを要せず時を異にして各別になされても結果において一致するときは妨げないものというべきである。しかして右追認により本件各法律行為が有効となつたほか、前記抵当権設定登記、所有権移転請求権保全の仮登記及び賃借権設定請求権保全の仮登記の登記申請にあたり右各法定代理人名義をもつてなされた委任もまた追認されたものというべく、これらの登記は結局その実体上の要件をみたすとともに形式上の要件をもみたすにいたつたものとして有効なるものというべきである。従つて原告留里子の本件債務不存在確認及び前記各登記の抹消登記の請求はいずれも理由のないことは明らかである。

二、(一)次に原告らの和解無効確認の点につき判断する。被告は右は豊島簡易裁判所の専属管轄に属すると主張するが、裁判上の和解の無効確認の訴については請求異議の訴と異なり専属管轄の定めはなく、右請求異議の訴についての諸規定が当然に適用ないし準用されるものと解すべき理由もないから、これを前提とする被告の主張は理由がなく、被告が当裁判所の管轄内に住所を有すること、その訴訟物の価格が金一〇万円を超えること明らかな本件が当裁判所の管轄に属することは明らかである。

(二) 昭和三〇年六月一日被告と原告留里子、同義雄、梅吉及び外二名との間に豊島簡易裁判所において同庁昭和三〇年(イ)第八五号貸金請求和解申立事件について別紙目録(四)記載のような裁判上の和解が成立しその旨の調書が存すること、右和解は原告ら代理人として弁護士和光勇精、被告代理人として弁護士朝比純一が各関与して成立したものであることは当事者間に争ない。

(三) 原告らは原告らの代理人として右和解に関与した和光弁護士は被告が原告義雄から徴した委任事項及び受任者の記載のない白紙委任状にもとずいて被告が選任したものであるから民法第一〇八条及び弁護士法第二五条第一号に牴触して無効であり、仮りにそうでないとしても右は原告義雄が他の当事者名義を冒用してしたものであるから無効であると主張する。よつて按ずるに成立に争ない甲第二号証、第六号証の一ないし九、第九号証の各記載、証人奥田栄吉の証言、原告上野義雄(第一、二回)同上野カノ(いずれも後記信用しない部分を除く)被告(第一、二回)各本人尋問の結果に前認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば次のように認めることができる。すなわち被告が本件建物につき前記抵当権の実行に着手するや原告側では何とか競売されずに解決したいものと考え、昭和三〇年三月ごろ原告義雄、原告カノ、原告文枝及び前記奥田栄吉らは被告に対し何とか債務を弁済するから競売はしないでもらいたいと懇請し、その結果被告は代理人朝比弁護士と相談の上円満な話合に応ずることとなつた。そしてそのころ原告義雄は数回朝比弁護士と交渉して裁判上の和解をすることによつて右競売の申立は取り下げてもらうこととした。そのころ梅吉は病気で自ら解決にあたることができず、原告義雄に解決方をまかせており、原告カノは自身一度は被告と会つて解決方を頼み、爾後は原告義雄にまかせていた。朝比弁護士は原告義雄及びこれと同道した奥田栄吉らとの間で和解条項の大綱を定め、豊島簡易裁判所に即決和解の申立の準備をし、その書類をととのえて、原告義雄に対し右書類の用意ができたことを告げて原告側の訴訟代理人委任のための委任状を求め、これに応じて原告義雄が原告留里子の法定代理人兼本人梅吉、原告義雄及び同居人赤城常雄、佐藤ツネ名義の委任状を作成して朝比弁護士に交付したので、朝比弁護士は豊島簡易裁判所に右即決和解の申立をし、右申立書には別紙目録(四)記載と同趣旨の和解条項が添付され、右裁判所は昭和三〇年六月一日午前一〇時を期日と定め、原告らに右申立書とともに期日呼出状を送達し(右は同年五月二四日到達)、右期日に被告側で弁護士和光勇精を原告ら代理人として選任し、同弁護士と被告代理人朝比弁護士との間に前記裁判上の和解が成立した。そこで約旨に従つて被告は右競売申立を取下げたという次第である。原告らは右委任状作成当時右和解条項はきまつていなかつた旨主張し、原告義雄(第一回)は右主張にそうような供述をしているが、右供述によつても原告義雄は数回交渉の上朝比弁護士から「書類ができたから」とて呼ばれて右委任状を渡したものであること明らかであり、和解期日の呼出状とともに送達された申立書には和解条項が添付されていたのであり、とくに同居人としての赤城や佐藤の分まで要求されているのであるから、当時すでに和解条項はきまつており、この趣旨の和解がなさるべきことを原告義雄において承諾していたものといわなければならず、右供述は信用しない。その他右認定に反する部分の前記各証人及び本人の供述は採用しない。

右認定の事実によつて考えれば原告義雄はあらかじめ協定して承諾した条項によつて裁判上の和解をするため訴訟代理人たる弁護士を選任することを被告側に委任したものであり、被告側でこれにもとずき前記のように和光弁護士を原告らのための代理人に選任したものというべきであるから、これによつて原告らになんら不利益を生ずる余地はなく、民法第一〇八条及び弁護士法第二五条第一号に抵触するものということはできない。また当時原告留里子の法定代理人兼本人たる梅吉及び法定代理人たるカノは原告義雄が被告と交渉して本件建物の競売が取りやめになることについては同原告に一切をまかせていたものというべきであるからそのためになされた本件裁判上の和解については取下前の原告赤城、佐藤はともかく、少くとも原告留里子及び梅吉に関するかぎり右委任は有効たることもちろんであり、原告らのこの点の主張は理由がない。

(四) 次に原告留里子及び原告義雄は右和解により被告に対し金九三万円の債務を負担することとなつているが、かかる債務は存在しないと主張するけれども前認定の事実によればすでに原告留里子は昭和二九年三月三〇日被告から金五〇万円を利息月四分弁済期同年八月末日の約で有効に借り受けているのであつて、右債務が弁済されないため被告において抵当権実行に及んだのであり、かつ和解の結果最後に完済されるのは昭和三一年一〇月三一日であるから、その間の利息損害金及び費用を計上すれば優に右金額に達することは明らかであり、これを当初からの債務者原告留里子のほか原告義雄があらたに連帯してこれを負担することとしてもなんら異とするに足りず、右事由をもつて本件裁判上の和解が無効であるとすることはできない。

(五) さらに原告らは原告留里子の法定代理人は梅吉とカノの両名であるのに訴訟代理人の委任は原告カノはしていないから本件和解は原告留里子に関する部分は無効であると主張する。なるほど成立に争ない甲第六号証の九、一〇、同第八号証の記載と弁論の全趣旨によれば、当初右和解申立書の冒頭に被告代理人は原告留里子の法定代理人として梅吉だけを表示し、かつ前記和光弁護士に対する委任状も留里子の法定代理人としては梅吉名義しかなかつたが、被告代理人は裁判官の釈明により原告カノもまた法定代理人であるとして申立書の表示にカノの氏名を補充し、かつ委任状にもカノの名義を補充して、右欠缺を補正したものであることを認めるに足りる。右委任状の補正されたカノの名下にその捺印はないが、前認定の事実の下では原告カノまた原告義雄を通じて右和解をすべきことを一任していたこと明らかであり、裁判所において特にその成立を怪しみ当該吏員の認証を命じたような形跡のない本件においては右裁判所もこれをもつて訴訟代理人の権限を証する書面としては十分のものとしたものと解すべきであり右訴訟委任の効力に影響はない。甲第二号証の和解調書の当事者目録にはなお法定代理人は梅吉のみとなつているけれども、これ右経緯によれば明白な誤記であつて更正決定をすれば足りる。また前記甲第六号証の二ないし五中原告留里子のための和解期日呼出状は梅吉に対してのみなされていることをうかがい得るが、これもとより適法の措置であり(民訴一六六条)、これをもつて本件裁判上の和解の効力を攻撃するのは当らない。

三、以上の次第であるから原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなくすべて失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

目録(一)

債権者 鴨下博(被告)

債務者 上野留里子(原告)

金額 五〇万円也

弁済期 昭和二九年三月三一日

利息及び同支払期別に定める

特約事項 利息を期日に支払わないときは期限の利益を失うこと、

期限後は一〇〇円につき日歩三〇銭の損害金を支払うこと

右内容の昭和二九年三月三〇日付金員貸借契約による債権

目録(二)

東京都豊島区池袋三丁目一四五〇番地所在

家屋番号同町甲一四五〇番

一、木造スレート葺平家建居宅一棟

建坪一九坪八合三勺

目録(三)

(1)  抵当権設定登記

東京法務局板橋出張所昭和二九年三月三一日受付第八五二八号同年同月三〇日付金員貸借契約により豊島区長崎一丁目三七番地鴨下博のため債権額金五〇万円、弁済期昭和二九年三月三一日、利息及び支払期別に定める、特約利息を期日に支払わないときは期限の利益を失うこと、期限後は一〇〇円につき日歩三〇銭の損害金を支払うことの抵当権設定登記

(2)  所有権移転請求権保全の仮登記

右出張所昭和二九年三月三一日受付第八五二九号同年同月三〇日契約により右(1) の債務を期限に弁済しないときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記

(3)  賃借権設定請求権保全の仮登記

右出張所昭和二九年三月三一日受付第八五三〇号同年同月三〇日契約により右(1) の債務を期限に弁済しないときは賃借権発生する定めで存続期間発生の日から三年、賃料一カ月金五〇〇円、賃料支払期毎月末日、賃借物の転貸及び賃借権の譲渡をなしうる特約付の賃借権設定請求権保全の仮登記

目録(四)

(1)  原告留里子及び原告義雄は被告に対し金九三万円の債務を負担していることを承認する

(2)  右原告両名は連帯の上前項の金額を左のとおり分割して支払う

(イ) 昭和三〇年八月三一日までに金三〇万円

(ロ) 昭和三一年三月三一日までに金三〇万円

(ハ) 昭和三一年一〇月三一日までに金三三万円

(3)  右原告らが前項の割賦金の返済を一回でも怠つたときは直ちに原告留里子所有の前記目録(二)記載の建物を代物弁済として被告に所有権を移転し、かつその登記手続をし、これを被告に明け渡すことを承認する。この場合被告がすでに受領した弁済金ある場合はその半額を右原告らに返還すること。

(4)  上野梅吉、赤城常雄、佐藤ツネらは前項の場合には直ちに右建物につき各自の占有部分を被告に明け渡すことを承認する。

(5)  原告義雄及び梅吉らは被告に無断で前記建物につき賃借権を設定してはならない。

(6)  和解費用は各自の負担とする。

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